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『私の愛したフェティシズム』 序章  フェティシズム、いや、フェチとは何か?<2>


お元気ですか。大森弘昭です。
前回、こんな質問を皆様に投げかけて唐突に終わってしまいました。

『こんな私は、全身タイツフェチと、今でも名乗ってよいのでしょうか?』

全身タイツが自分の性的嗜好であることに気づいてから30年以上経った去年、私は『フェチではなくマニアを名乗り』『ハンドル名を捨て本名を名乗った』のですが、今でも全身タイツを愛し、啓蒙活動をできる範囲で続けています。

そしてその活動の舞台は不特定多数が見聞きするような開かれた場所・公の場。
つまり、性的嗜好を出すには恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうな、親バレとか家族バレとかそんな次元ですらないところです。
その上で私自身、フェチは自分の中の性的嗜好の根幹だと、現在も思っています。

どう見ても矛盾しています。よね?

じゃあフェチって言えばいいじゃん。メンドクセーなオレって。
でも、それにためらう自分がいるのです。

それは一体、何故でしょう?
先に書いた質問。
その真意とは、この『フェチ』という言葉の意味そのものの揺らぎ。
そして、人間一人一人が持つ根源欲求の一つ「性欲」に強く関連するがゆえに生じた、『フェチ』という概念上における、価値観の相違とすれ違い。
これらを表現するがためでした。

『フェチ』という言葉における定義の揺らぎについては、鈴木さんが解説されることと思います。
私がこれから書くことは、そちらではありません。

ーーー

自分の性的嗜好を自覚する。

このプロセスは、ほぼどの人間にも存在するプロセスです。いつ、どこで、どのように自覚するかは人それぞれですが、その自覚を抱えながら成長し、人によってはそれが変わったり、変わらなかったりしながら大人になり、伴侶を見つけるか否かに関わらず一生を終えます。

それはしばしば自分の体との矛盾を起こしたり(GID)、同性を嗜好したり(LGBT)

ーーそしてあるいは、
嗜好の対象に無機物が関与、ないし必須要件になったりします(フェティシズム)。これ以外にも様々な形を取ります。

まるで、カウボーイやカウガールを振り落とさんばかりのじゃじゃ馬のように。
性的嗜好を自覚した時。

人間は自分の未来を考える機会を得ます。生殖行為を経て子を生む未来。
そのために伴侶と出会う未来。
伴侶との間に恋愛を育む未来。

そして、
その全てに性的嗜好が直結する、事実。

時に、その事実は残酷になります。

その性的嗜好によっては、未来を描けないかもしれない、という予測を突きつけてきます。その予測を突きつけられた人間にとって、周囲の環境や条件が不利であればあるほど、その予測は現実味を伴い、最後には絶望へと変わります。
子供が作れないかもしれない。
結婚できないかもしれない。
いや、その前にーー
恋人すら、

いや、
友達すら、できないかもしれない。

自分の性的嗜好が定まらずに色んな分野を彷徨う人がいます。
自分の性的嗜好を無理やり変えようとする人がいます。
自分の性的嗜好を家族にもひた隠しにしようとする人がいます。
自分の性的嗜好が「そもそもない」と全否定する人さえいます。

全ては、先に書いた『不安』や『絶望感』から逃れるためです。

うまくいけば御の字。
しかし、現実はそう甘くありません。性欲が人間の根幹欲求であるがために、一度自覚した性的嗜好を自らの力でコントロールするのは並大抵のことではありません。
その変化に耐えられるほどの精神、変化させるほどの意志、その変化を許容するほどの周囲環境や社会環境。全てが揃えばいいのですがーー
人間、そんなに強くないですよ。

そして、私は『フェチ』を自覚しました。
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© TONY / Libido M&J 2009 2015

わずか10歳、とある春過ぎにおける、両親共に洋画家一家の賑やかな家族団らん、さあこれから待ちに待った夕食だ、そんな時に目の前に飛び込んできた、テレビのコマーシャル。
あれが全ての始まりでした。
種は、8歳の時点で私の脳に植えられていました。自分が全く自覚することなく。
その種が、このタイミングで、突如として狂おしいまでに甘美な香りのする、割れんばかりの花を咲かせたのです。

一人の「全身タイツフェチ」が誕生した、瞬間でした。

私はそれから熱狂し、絶望し、苦悩し続けました。
自分の性的嗜好を変えるには、私自身の力が足りませんでした。私は私の嗜好を、結果として受け入れるしかなかった。そして受け入れた上で行動する選択をしました。当時はそれが精一杯の努力であり、経験のなさ故の、答えでした。
反吐が出る思いでした。

こんなに変なものを好きになってしまった私に、結婚など、ましてや、伴侶などできるわけがない。
周りに友達は少ないながらもいる。友達といるのは楽しい。
だが、とてもではないが自分のこの忌むべきほどの性癖を、打ち明けられるわけがない。それは人生が『詰む』のと同義だ。何もできないまま、この抑えきれない思いを抱え、自分は死んでいくんだ。

そうに、そうに、違いない。
22歳になっていました。大学3年生でした。
顔はニコニコ笑いながら、そんな暗い未来を憂う姿を必死に隠していました。一番辛い時期でした。これで就職も決まらなかったら、よしんば決まったとしてもその先が暗澹たる職場だったら。
正直、自殺まで考えたこともありました。

その翌年。
忘れもしない。1994年の冬。
私の人生は、そこから180度変わったのです。
何故か?
それには、ある素晴らしいテクニックがあったからです!このまま読み進んだ最後にある「資料請求」のボタンをポチッと押すだけで貴方にも素晴らしい未来が

ってそんなサイドビジネスじゃねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇ(エコー)

いやー、空に向かってノリツッコミするって気持ちいいっすね!
え? 今っすか?
スッゲー楽しいですよ!
あんなに悩んでたのがどこ行っちゃったのって感じ。たくさん友達も先輩も後輩できたし、あ、師匠にも出会えました! いろんな経験も出来たし、ほとんど言うことないっすよ!

ーーでもね。

先に書いた恨み節のようなことは、何も特別なことではないんです。私だけではなく、かなりの方が経験してきました。
私なんかまだ運がいい方です。それもかなり。ここまで自分を肯定できているのは、環境の許容や、出会えた方々の人徳、そして様々なタイミングが合致したことが大きいのです。今こうしてここにこの文章を書けているのも、そのタイミングの一つ。
これから、このような性的嗜好により起きるフェチのメカニズムやプロセスと、ここ数年から現在に渡って発生しつつある新たなる流れ、そして、その根底に悠然と存在する一つの『想い』をここで書いていこうと思います。

正直、描ききれるかわかりません。全ての方々にご理解いただけるかどうかも怪しい。自分の文章力の無さを恥じています。しかし、書かねばなりません。
それでは、しばし長くなりますが、おじさんの与太話にどうかお付き合い下さいませ。

それと、おじさんとの約束。
これは、あくまで私個人の見解です。全てのフェチを自認する方がこうなるとは限りませんし、そうなると言い切る気もありません。
決して、闇雲に何かや誰かへ当てはめることのないよう、伏してお願い申し上げます。

おじさんとの、約束だよ☆

第1章 フェチは如何にして生まれてきたのか 詳説 へ続く

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大森弘昭

大森弘昭

Night Gallery Cafe Crow店主でした(8/31閉店)。9月になったらただの42歳のおじさんです。
全身タイツが好きで、20年全身タイツで遊ばせて頂きました。これからは、これまで頂いた全てのご恩をお返しする日々が始まります。
よろしくお願いします。
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