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ピーターさんちのマスク─マスクフェチの写真家


こんにちは。
仮面屋おもて大川原脩平ともうします。

あたくしはふだん仮面を売って生きているのですが、なんとなくご縁がありこちらに文章を書くことになりました。

どうぞおねがいいたします。

きょうは、へんな写真家のおはなしをしようとおもいます。

ジョエル=ピーター・ウィトキン(Joel-Peter Witkin)という写真家の名前を聞いたことがあるでしょうか?
1939年、ニューヨーク生まれの写真家で、「死体」「フリークス」「骨」といったモチーフの作品を残しています。

こんなかんじ。

イメージ1

出典:elizabethavedon.blogspot.com

イメージ2
出典:bizarrekout.blogspot.com

イメージ3
出典:mubi.com

なんだかチョイスが意図的です。

そう、マスクですね。

彼はマスクを着用した被写体の写真をたくさん残しています。
単なるマスクマンから、仮面的モティーフのものまで。

彼とマスクについて語ろうとするなら、彼の幼少期の逸話を避けては通れません。

彼は、6歳のころ家の前で生じた交通事故に居合わせ、少女の首が目の前に転がってきたことが後の自分自身に影響したと語っています。
また、少女の顔に語りかけようとしたとも。

………

ところで、あたくし幼少期から今までずっと続けている唯一の趣味がマジックなんです。
テレビでデビッド・カッパ―フィールドの「レーザー」を見て以来、とりこです。

これ。

かっこいいでしょ。

からだの一部がはなれたり、切り離されたり、それなのに動いたり。

こういう現象は、古くから「復活」や「再生」と呼ばれて普遍的な人気があります。
親指が取れたりするのもそういうやつですね。

もっとひろくいってしまえば、キリストの「復活」などもそうですね。
死や、時間や、物理的法則を克服する超人的なパワーです。

そういうものは、宗教的な興味の対象でもあるし、奇術のような娯楽の対象でもあるし、なんなら、日常のちょっとした欲求でもあります。

花粉症もだいぶ落ち着いてきましたね。

あたくしの母親は春になると、よく「眼球を取り出して洗濯したい」といっています。
あー、わかるわかる。

あたくしも、手荒れがとにかくひどいんですが、指先だけ新しいのに取り替えられないかなって思いますもの。

………

6歳のピーターさんが少女の首に話しかけようとしたとき、それはどんな気持ちだったんでしょう。
ひょっとしたら、首が取れるってどんな気持ちなのか、確かめてみたかったのかもしれませんね。

あたくしは、マスクをつけることと、首を取り外したいと思うことは、ほんとうのところではおんなじ願望だったんじゃないかと思います。

首をとって、顔も代えて、手先や足元も自由にカスタマイズして。
そういう「変身願望」は、誰もが持っているし、抗いがたい魅力があります。

そしてそれは、「わたし」と「あなた」の境界を曖昧にしてやりたいという、幼児回帰の願望でもあります。
パーツが交換可能なら、「わたし」も「あなた」も、おんなじ顔で、おんなじからだになれるわけです。

ちょうどそれは、おんなじマスクをつけたシャム双生児のよう。

違う存在にも、おんなじ存在にもなれる。
そういう「自由な変身」に、わたしたちは魅力を感じるものです。

けれどもそれは一方で、「ほんとうの自分」を見失う危険な旅でもありますね。

危険だからこそ、死と隣り合わせだからこそ、人はそれに魅了されるのかもしれません。

ピーターさんがそんなふうに考えているかどうか、ほんとうのところはわかりませんが、仮面屋としてはとても感じるところのある作品たちですね。

………

フェチってなにか、しょうじきあたくしにはよくわかりませんけれども、偏執的な愛をもってそういういい方をするならば、あたくしは確実に「マスクフェチ」で「仮面フェチ」です。

こじらせすぎて仕事になりました。

これから、こんなかんじでも生きていていいんだよー、ということを、ふんわり伝えていければとおもっております。

どうぞよしなに。

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大川原脩平

大川原脩平

舞踏家/仮面屋/ワークショップファシリテーター。現代作家の仮面を扱う専門店「仮面屋おもて」店主。日本における「新しい仮面文化の創造」をテーマに活動。仮面を用いたアクティングの指導などを行う一方、自らもパフォーマーとして舞台に立つ。また、企業・教育機関などで研修やワークショップデザインも手掛ける。
shuheiookawara.com
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