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「畜」…文字から広がる妄想のフェティシズム


最近、大変まじめな社会人生活を送っている団長です。こんにちは。

AV業界を離れてありふれた業界に転職したわけですが、これまでのゆるゆるっとしたコンテンツ業界特有のゆるさなんてなく、日々の仕事をしっかりこなすというごく当たり前の業務の前に、不まじめ人間の団長は毎日圧倒されっぱなしです。

そんなわけで、朝から晩まで仕事三昧といういわゆる社畜生活を送っているのですが、ふと社畜の「畜」という文字は、アダルトコンテンツ好きにもたまらないものがあるなぁと思ったわけです。はい、どこの業界にいても、何でもエロに結びつける脳みそは変わってないのです。

さて、「畜」という言葉を辞書で調べると、当然ながら飼育される動物のことを指す言葉と出てきます。野生ではない動物で、役畜やペットなど、人間の生活に密着している、従順で服従している動物全般を表す文字です。

そのため畜という言葉は、人間に向かって使う場合、人格を否定するネガティブなものになります。「犬畜生にも劣る」と言えば「動物以下のひどいヤツ」という面罵の言葉になります。と同時に、人格を否定することで、すなわり人間以下の存在、動物程度の扱いを受ける人間に貶めるために使われる言葉にもなります。

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中世ヨーロッパの刑罰に侮辱刑というものがあります。罪を犯した人に恥をかかせる刑罰です。そこでは頻繁に、動物を模したマスクを被せたり、動物そのもののような扱いを受けるような罰がありました。

人間が人間としての尊厳を奪われるということはそれだけ屈辱的なことであり、同時にそれだけの屈辱を与えられるというのは、非対称な力関係があってはじめて成立することなので、相手を支配していることを確認する行為でもあります。

最近はあまり見ませんが、アダルトコンテンツの世界では昔から女性を「家畜」扱いするプレイやタイトルが多数存在しています。男性の支配欲を刺激するのに「畜」という言葉はとても使いやすいからです。また、畜=ペットということで、飼育というイメージにもつながりやすいところから「思い通りにできる女」という想起がされやすいというのもポイントでしょう。美しいセックスペットを飼育したいという願望は、男なら一度ならずとも抱いたことのある普遍的な妄想ではないかと思います。そのような妄想を刺激するのに、「畜」という文字はアダルト方面のマーケティング的にも有効だったのです。

最近はより過激なプレイや横文字の増加によってあまり見かけなくなりました。が、だからと言って男性諸氏のペット所有願望は衰えることはないでしょう。男性の草食化が言われて久しいですが、性欲が定量であるとすれば現実の行為よりも妄想に比率が重くなっているはずです。実際の性行為の機会が減った分、妄想の世界に比重は移っていることでしょう。

その分、妄想内容の過激さも増強されていると思われますので、昭和テイストな「美畜」、すなわちきれいなセックスペットを所有し、満足する…程度の妄想ではおさまりきらないところまできているのではないかと思います。

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例えば…。
最近のAVやアダルトコミックの定番となりつつある「首輪プレイ」も、以前ならSMもののコンテンツでしか扱われなかった「変態プレイ」でした。すっかり手垢のついたお約束プレイとなってしまい、首輪がファッションアイテムにすらなっているという現状ですが、それでも首輪が持つ支配と服従の符号というものは衰えてはいないでしょう。

この手のプレイで用いられる「牝犬」という言葉も、「畜」同様に人格を剥奪する言い方です。獣のように扱い、人格を剥奪するからこそ、首輪の意味はより際立ちます。その上で、支配と被支配、嗜虐と被虐、そして性感を刺激するのに「犬」という言葉はとても便利です。その一つの言葉で、お互いの立ち位置と状況、そしてなにより「興奮」を作り出せるのですから。

インターネットの時代になり、誰でも手軽にエロ画像を見ることができ、また手頃な価格で周囲の目を気にすることなくAVが買える時代になりました(私の前職は、まさにその仕事だったわけですが)。そんな時代においてもまた、テキストベースのポルノ小説や投稿SSには一定の需要があります。いわゆる美少女ゲームもアドベンチャーゲームやサウンドノベルから派生した「絵のあるアダルトテキスト」です。また最近では、画のないアダルト音声CDなども人気です。

言葉というものは心の奥底にあるフェティシズムを刺激します。言葉が目や耳を通り、脳内に響いて淫らでフェティッシュな想像をかきたて、時には本人が思いもよらなかったシチュエーションを脳内に生み出すことさえあります。そしてその「快感」に慣れると、いつしかパブロフの犬のように、言葉や、文字、単語を見るだけで卑猥なシチュエーションを想像するまでにいたります。

「家畜」や「犬」という言葉ですら、エロくてエロくて仕方ない何かに見えてくるようになるでしょう(実際にそうなったら、それはもう重症ですけど)。

たった一つの文字ですら妄想をかきたてる言葉の力、これはもう、ひとつのフェティシズムではないでしょうか?

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