「フェティシズム」と「フェチ」、一見似ているような2つの言葉ですが、その内実や用例はかなり異なっています。現在では、自分は「〇〇フェチである」といったように、自己紹介を兼ねるような文脈で「フェチ」という言葉が使われることが多くあります。
そういった文脈における対象(「フェティッシュ」)は身体パーツ、服、素材、道具、髪型、匂い、仕草など、同性・異性を問わず、時には自分の身体も含んだ「人物」と関連付けられる場合が多く、無機物に対する純粋な執着は、よりディープな「フェチ」というよりは「フェティシズム」の領域に属するといえるでしょう。
「フェチ」は比較的ポップでメジャーあるいはパブリックな言葉として流通しているのに対し、「フェティシズム」はより個人的(パーソナル)かつ、偏愛的なものであります。さらに「フェティシズム」を細かく定義すると、「性的フェティシズム」という呼び方もあります。
いわゆる「フェチ」の多くは、どちらかといえば「性的フェティシズム」に属しており、「〇〇フェチ」をアピールする発話行為(パフォーマンス)は、意識的・無意識的であれ様々な目論みを含んでおり、発話がジェンダーイメージの構築に強く作用しています……が、長くなってしまうので、ジェンダーパフォーマンスについてはまた別の機会に書くので、まずは「フェティシズム」の概念や定義を見ていきましょう。
フェティシズムの用例
「フェティシズム」という言葉の出自は民俗学の領域で、「フェティコ」(魔力を有する「お守り」や「魔除け」を意味するポルトガル語)を踏まえて作られた言葉であり、シャルル・ド・ブロス『フェティッシュ諸神の崇拝』で広く知られるようになりました。
元々の「フェティシズム」は「呪物崇拝」や「庶物崇拝」で、万物に神が宿るという神道の「八百万の神」に似ています。以降、「フェティシズム」という言葉は哲学の領域ではカント、ヘーゲル、コント、民俗学ではエドワード・タイラーによって用いられていきますが、それらは宗教的との関わりの強い「フェティシズム」であり、性的な要素は含まれていません(詳しくは、ポール・ロラン・アスン『フェティシズム』、2008、白水社、35-46頁を参照)。
また、マルクスは『資本論』第一章「商品の物神的性格とその秘密」において、ただの「物」が「商品」となり、価値を帯びるプロセスに関する分析し、「机は木のままであり、普通の机である。そのことは自明である。ところが、机が商品として現れるとなると、感覚的にして超感覚的なものに転化する」と、市場の中では「物」が「神」的な存在となり、崇拝の対象となる「物神崇拝」として「フェティシズム」を捉えました。
「物神崇拝」のわかりやすい例として、著者の体験談をひとつご紹介しましょう。大学生時代の派遣バイトで、アパレル「商品」を扱う倉庫に行ったことがあります。生産国であるアジア諸国の名前が記された段ボールが山のように詰まれており、手渡されたリストを基に、某有名ブランドP社やS社のロゴが入ったセーターやシャツなどを取り出すのですが、段ボールに入っている段階では、それらはまだ「商品」ではなく「物」です。
箱から出された「物」は、外国人の女性労働者が中心になっている区画で、値札のタグを付けられます(記憶している限りだと3500~5000円ほど)。この段階は「物」から「商品」への過渡期ですが、まだ市場に解き放たれておらず、超感覚的な「商品」ではないため、その扱われ方もやや乱雑であります。
タグを付けられた「物」は、集荷トラックに積み込むべく再び箱詰めされ、大手ショッピングセンター等に配送されていきます。そして店頭に並ぶことで、「商品」としての「価値」が発生します。
マルクスの指摘は、経済活動を伴う「性的フェティシズム」を読み解く上では重要な手がかりでもあります。他人の下着、分泌液、あるいは排泄物に対しても、それが値段のついた「商品」として現れる時、その対象(「物」だけでなく所有者/生産者もフェティッシュに含まれる)に超越的魅力を感じる消費者は、貨幣という魔力を帯びた「物(あるいは紙切れ)」で、目的のものを手に入れます……少し大袈裟な感じで書きましたが、使用・着用済みの衣類や分泌液(いずれも、写真が付いていることが重要)が「商品」としてちんれつされるブルセラショップなどは、「性的フェティシズム」と「物神崇拝」が見事に交差する場所でもあります。
今回は一先ずここまで。次回は「性的フェティシズム」を中心に論じていきます。5、6回ほどの分割記事になっていくと思いますが、どうぞお付き合い下さい。

鈴木真吾
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